《寄稿》「第20回 新しい風コンサート」に寄せて
- kanazawacapella
- 6月15日
- 読了時間: 4分
■ 私が6・28金沢のステージに立つ理由 ①
このたびの「第20回新しい風コンサート」への参加お声がけに心より感謝します。ありがとうございます。
今回参加を決意するにあたり、私にはいくつかの思い(理由)がありました。
まずは、2025年1月「全国で咲かせよう大中恩作品の花!inふくい~混声合唱組曲「北廻船」~」で、山瀬泰吾先生をはじめ金沢カペラ合唱団の皆様に「島よ」を歌っていただいたことへの恩返しのためです。自費で福井にまでお越しいただいたのに何のおもてなしも出来ず、たいへん失礼しました。にもかかわらず、ホールに響く素晴らしい演奏!山瀬先生&カペラの皆さんをコールメグの仲間たちにお繋ぎし、「島よ」を歌い合えたことをきっと大中恩先生は天で喜んでくださったと思います。
2つ目の理由は、2024年7月「第18回新しい風コンサート」により、「大中恩生誕100年記念プロジェクト」に参加してくださったことへの恩返し。「たのしいこどものうた」「島よ」「草原の別れ」、どれも胸に迫る演奏でした。能登半島地震から半年。山瀬先生が涙ながらにお話になった故郷と音楽への熱い思い。響きました。この時、福井の演奏会に皆さんを招待したい!との思いが芽生えました。 その年の12月東京・紀尾井ホールでの「東京混声合唱団 大中恩作品による特別演奏会」で企画・MCを務めた私は、ステージ上で、
カペラの皆さんの7月の素晴らしい演奏について話をさせていただきました。私にとっては、それほど印象に残る演奏会だったのです。
そして、この7月演奏会後のある出来事に、三つ目の理由があります。演奏会終了後、「打ち上げ」にお誘いいただいた私は、ロビーで演奏会の余韻に浸っていました。と、「終礼」なるものが始まりました。さすが、学校に根っこがある合唱団。実に微笑ましい!席上、山瀬先生から団員への感謝状贈呈?が行われました。確か最後に呼ばれたのがHさん。贈呈理由に不意打ちをくらいました。女声合唱の練習時、団員が同伴した子どもたちの面倒を見て、練習をバックアップした…。たしかこのような内容だったと記憶しています。どの合唱団にもある団員の悩みの種。その一つが、家庭や仕事との両立。どんな組織にも、陰で活動を支える縁の下の力持ちがいるものです。山瀬先生の労を労う温かいお言葉が心に沁みました。Hさんの目には光るものがあったように思います。恩師と教え子との間で長期間培われた信頼関係を垣間見ました。
なんて素敵な合唱団なのだろう!いつか、一緒に歌ってみたい…。この時の大きな感動が、今回の参加へと私を衝き動かしました。
私が東京で歌っていた大中恩先生主宰の「コールメグ」。月水金と週3回、東京・赤坂見附で練習していました。遅刻・欠席厳禁。「全員揃わないとウタにならないんだよ!」大中先生は檄を飛ばしていました。そして、皆勤賞の団員は大切にされました。90歳を超えた晩年、大中先生は「ボクは会社勤めの経験がないから、あんな厳しいことを言えたんだよね。悪いことしちゃったかな」と苦笑していました。でも、多少理不尽でも、その信頼関係が素晴らしいウタを生み出したのだと思います。
金沢カペラ合唱団の練習に参加して感じること。それは山瀬泰吾先生の音楽に対する素晴らしい熱い思い。そして合唱団・団員に寄せる厚い信頼です。山瀬先生は、教育者としての尊敬すべき一面もお持ちです。山瀬先生の団員への思いは、大中先生のそれと相通じます。一昨年7月のあの日、演奏会後の終礼で、山瀬先生がHさんにかけたお言葉と温かい眼差し…。思い返しても熱くなります。練習皆勤賞のHさん。毎回前列の定位置でテノールを引っ張り、その姿に信頼を寄せる山瀬先生。ほかの団員の皆さんの素晴らしい「カペラ愛」にも徐々に惚れ込んでいく私がいます。
そして、今日(6月13日)も、金沢へ向かいます。
実は、心酔する山瀬泰吾先生との出逢いは、44年前に遡ります。高校3年生の私の心を揺さぶった音楽と言葉…
「私が6・28金沢のステージに立つ理由 ②」。 それは次回のお楽しみ…。
前川 佳之 様

2年前のコンサートでの山瀬先生とのツーショット写真
※ 前川様はご自身のX(旧Twitter)にもコンサートの紹介をしてくださっています。ぜひ合わせてご覧ください。



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